イタリアと日本の「日焼け」に対する考え方

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イタリアと日本の「日焼け」に対する考え方

投稿 by Matteo Savarese on Tue Sep 23, 2014 5:55 pm

1. イタリア人と日本人の日焼けに対する考え方が違います
 
真夏の暑い時期に、日焼けと日焼け予防の話はよく話題になります。
イタリアと日本では、日焼けに対する考え方が違います。
日本では、日焼けについてあまりよく思われていないみたいです。
イタリアでは、私が子供だったころは特に、みんな一生懸命日焼けしようと思っていました。
1980年代から、オゾンホールの話が始まって、あまり日焼けが体によくないという考え方も現れたのですが、それでも大勢の人の日焼けがしたいという気持ちにはあまり変わりがなかったのです。
日本では、オゾンホールの話も挟んで、やはり日焼けは肌によくないと言われていますが、日焼けに対する抵抗は日本の文化の中ではオゾンホールの発見よりもはるかに古いです。
イタリアと日本では、日焼けに対する根本的な考え方の違いは何なんでしょうか?
 
2.  イタリア人の日焼けに対する考え方の歴史的な背景
 
ヨーロッパでは昔、貴族と金持ちの商人にとっては、日に焼けた肌より白い肌のほうがよかったようです。
昔の貴族の女性は、日が当たらないように、大きな帽子を被っていたイメージがあります。
貴族は、だいたい馬車で移動していたし、大きな屋敷の影で暮らしていたから、あまり日差しに当たる機会はなかったです。
貧しい人達や一般市民やお金持ちになったばかりの商人は、その貴族への憧れで白い肌を好んでいたのです。
しかし、これは18世紀までの状況だったとしても、その後は物事が変わり始めたのです。
今ごろはヨーロッパとアメリカのほとんどの人は日に焼けた肌を好んでいるでしょう。
その変化をもたらした原因は何だったのしょうか?
 
2.1  ヨーロッパ貴族の危機と労働者文化の登場

まずは貴族階級の危機は一つの原因だったと考えられます。
1789年のフランス革命をきっかけに、だんだんヨーロッパ中の貴族が力を失い始めたのです。
それに代わって、お金持ちの商人がほとんどの国で政権を持ち始めたのですが、だんだんもっとも下にあった労働者の階級も政治的な力を持ち始めました。
20世紀のヨーロッパとアメリカでは、商人に並んで労働者の階級も社会的な役割を演じ始めたのです。
労働者階級の政治的な影響は限られていましたが、彼らの発想は国の文化に影響したと思われます。
その一つの例として、白い肌への憧れから日に焼けた肌への憧れの切り替えは、労働者の文化が登場したことの影響だと考えれれます。
労働者といっても、工場の労働者というより、農民や都市の一般市民も合わせて捉えてもよいです。
貴族とお金持ちの商人と違って、労働者は、馬車などで移動をすることがなくて、大きな屋敷の影で熱い日々を過ごすこともなく、直接日があたるところで時間を過ごしたり、活動をしていたりしたのでしょう。ですから、労働者にとっては日に焼けている姿を持つことが当然でした。
黒っぽい肌のせいで、昔の労働者は差別を受けていたでしょう。
黒っぽい肌はいつでも日が当たる道端か畑で働いている人の印でした。
逆に白い肌は、仕事もせずに、いつも屋敷の中か馬車の中で時間を過ごしていた人達、つまり貴族の印でした。
19世紀までは貴族は社会を絶対的に支配していたのです。
ですから、貴族の姿にみんなあこがれていたし、貴族が格好いいと思われていたでしょう。
それは、人々があこがれているファッションは、だいたい権力者へのあこがれから生まれることが多いからです。
しかし19世紀の間に、ヨーロッパの貴族は政治的な力と同時にその「格好よさ」も失い始めたのです。
つまり、貴族のような白い肌は、格好いいと思われなくなりました。
貴族は、無能力で、不健康で、弱くて、親の遺産がなければやっていけないような、可哀そうな人達と思われるようになりました。
そしたら、貴族の印であった白い肌は、弱くて不健康な人達の印として思われるようになりました。
自分の能力だけでは、周りの環境が悪くても自分の道を開いている商人と労働者のほうが格好いいと思われるようになったのです。
そして、太陽の下で働いている、日に焼けた人の黒っぽい肌は、健康と人間的な力の象徴として、あこがれられるようになったのです。
 
2.2  日焼けに対するイメージ・チェンジの医学的な背景
 
医学の進歩もその白い肌から日に焼けた肌への切り替えに影響を与えました。
18世紀や19世紀の貴族の子供達は、「くる病」という病気で苦しんでいたそうです。
それは、骨が曲がって正しく伸びないような病気です。
日が当たるところで時間を過ごしていた一般市民の子供達はその「くる病」にあまりかかっていなかったのに対して、夏でも長袖を着て、馬車で移動して、大きな屋敷でほとんどの時間を過ごしていた貴族の子供達はよくそれにかかっていたようです。
そのためにも、「肌の白い貴族は不健康、肌が黒っぽい庶民は健康」という考えたが
強まったのです。

2.3  植民地主義文化の影響
 
労働者階級の登場とくる病以外でも、日に焼けた肌があこがれられるようになった理由は他にあります。
その中では、植民地主義が与えた影響を忘れてはいけません。
15世紀を始め20世紀にかけて、ヨーロッパの国々が世界のあっちこっちで植民地を置きました。
19世紀は特に一番植民地主義が盛り上がった時期だったのです。
植民地を置くことには、経済的な理由など色々な理由がありました。
その中では、北ヨーロッパの寒い国として、南の国を自分の領土とし、その温かい国の温かさを好きなように楽しめるようになるのは、一つの楽しみだったのでしょう。植民地主義のピークである19世紀では、国が強ければ強いほど植民地がたくさん作れました。
ですから、その時代からきっと、日に焼けた人には、当時までと違ってただの労働者か農民ではなく、植民地とやり取りしている人、冒険家、探検家というイメージがついたのです。
 
2.4  海外旅行は現代風の植民地主義なのか
 
20世紀になったら時代が変わって、植民地、冒険家、探検家はみんないなくなりました。
しかしその探検家の子孫は、今でもたくさん旅行をしている先進国のお金持ちの若者達が代表していると考えられます。
だんだん日に焼けた肌は、20世紀を通じて、お金持ちの印に変わってしまったのです。
植民地時代のと同じように、今でも、豊かな国の金持ちなら、遠い国にたくさん旅行をして、いつでも日焼けができます。
 
2.5  そもそもファッションとはなんなのか
 
白い肌、日に焼けた肌、両方ファッションです。
ファッションは、自分を格好よくみせるために、みんなが誰かのマネをして、同じことをしてしまうという現象です。
みんながその時代の理想を表している人のマネをするのです。
18世紀までの理想は、貴族でした。
しかし、19世紀からは、違う理想が現れました。
労働者階級から来ている革命家や、遠い国を旅している冒険家もしくは探検家。
彼らはみんな、日差しに恵められている人達として、格好いいと思われたのです。


2.6  古代から続いている南国への憧れ
 
しかし温かい太陽が恵と思われている理由としてはもう一つ、古い時代に基づいた理由があります。
ヨーロッパでは、古代の文明はみんな地中海沿いの文明でした。
ギリシアと古代ローマもそうでした。
あの時代では、遅れていた北欧の国は、南欧の国にあこがれていたのです。
北欧では、寒さのせいで、生活のが大変でした。
寒いと、冬はあまり動けないし、辛いし、何もできません。
あの時代では、寒い国でも暖かく過ごせるような技術はまだ存在していなかったのです。
しかも、北欧の人達は好きな時に南に行けたわけでもないです。
異動手段が不足していただけでなく、ローマ帝国が大きな壁を作って、誰も通してくれなかったのです。
通る許可をもらうために、ローマ人になって、ローマの法律に従わないといけなかったのです。
しかし彼らは、自由な人達のまま温かい海沿いに行きたかったのです。
ローマ帝国が終わって、北欧の人達が南に侵入できた時は、やっとその夢が叶ったのです。
その後、技術が進んで、冬でも暖かく過ごせることが当然なことになって、その内南欧の国よりも北欧の国のほうが豊かになりました。
だが、その温かい国への憧れは彼らの文化的な遺伝に残ったのです。
だから彼らは、ずっと南欧の国を自分の領土にしようとしてきたのです。イタリアの領土の一部も、長い間オーストリアの領土になっていました。
植民地の時代が始まったら、南欧だけではなく、北欧の国々は一生懸命他の大陸の温かい地域を自分の領土にしようとしたのです。
権力者だけではなく、勇敢な若者でも船に乗って、温かい国に向かおうとしたのです。
ヨーロッパ人が持っているイメージでは、温かい国とは、あまり働かなくても生活ができる場所のことです。
温かい国なら、ハモックでずっと休んでいて落ちたココナツでも食べながら生活をすればいいと思われています。
ですから、日に焼けた人は、そういう場所で時間が過ごせるような、ラッキーな人達と思われています。
 
3.  現代社会での日焼けの見方

西洋の現代社会では、日焼けは「お金持ち」の印です。
白い肌は逆に、「貧乏で可哀そうな」人の印になりました。


3.1  労働環境の変化が与えた影響
 
18世紀と比べて仕事のしかたが変わったために、日焼けが表している社会的な位置も変わりました。
昔は一番貧乏で力の仕事をしている人達は、殆ど外で時間を過ごしていました(農民など)。
今は、どんな仕事でも、殆ど中で行われています。
昔のような貧乏な農民もほぼいなくなりました。
農民と言えば、大きな土地を持っていて、機械を利用して、以前大人数が必要だった仕事を一人でできる人のイメージが付きました。
つまり農民はお金持ちです。しかも農民は汚染されている都市から離れたところに住んでいるからラッキーと思われるようになりました。
現在の労働者はみんな中で働いています。工場の作業員もそうだし、会社員もそうです。
19世紀では、労働者階級が自分の権利を強く主張して、社会に登場したから、労働者としての自信がついたのですが、今はもうだんだんもとに戻りつつあるのでしょう。
生活のために働いてばかりいる人は又可哀そうに思われるようになりました。
白い肌は、ずっと働いていて、休みが取れない人の印になりました。
日に焼けた肌は、いつでも休みが取れて、好きなように旅行もできる人の印になりました。
だから今こそ、日に焼けた肌は憧れられています。
日に焼けた肌は、ちゃんと生活が楽しめる人の印です。健康で、ラッキーで、お金持ちのマークです。
白い肌は、ずっと働いていて休みが取れない、生活が楽しめない、しかも不健康な人の印に変わってしました。
 
3.2 日焼けに対する狂った憧れ

だから、狂ったように、現在のヨーロッパの人達は日に焼けようとしています。
冬でも、日焼けサロンにでも行って、お金を払うまでして肌を黒くしてもらう人もいます。
本当なら、日焼けサロンなどではではなく、もし生活に困らない人だったら、冬でも休みを取って山に行ってスキーをするはずですけど、それができない人達でも自分がそういう人だと見せたくて、日焼けサロンで肌を黒くしてもらっています。
1980年代から、オゾンホールと皮膚癌の危険性が知られていて、日焼けは肌に悪いという知識が広がりました。
なのに今でも、被害の可能性があったとしても、やはり日に当たることは体にいいと思っている人が多いです。
夏になると、北ヨーロッパから物凄い大きな人数の観光客が、大きなキャンプカーにでも乗って、イタリア、南フランス、スペイン、クロアツィア、ギリシア、トルコに向かいます。
彼らにとっては、できるだけその日差しを楽しんで、利用することはとても大事です。
イタリア人と南ヨーロッパ人ももちろん、自分の海岸の日差しを楽しんでいます。
ミラノの人達はアドリア海かティレニア海の海岸に向かって、あそこのリゾートで2~3週間を過ごします。
旅行から戻ったら、友達にきっと「よく焼けたな」と言われます。
それを、「あなたがラッキーだな、ちゃんと休みを楽しんだな」という意味で言われています。
もし冬場でも日に焼けた人がいれば、みんなに驚かれて、「どこかに行ったの?何かしたの?」と羨ましそうに聞かれます。
やはり、冬でも山か熱帯国にで行って、ちゃんと楽しめたと思われます。
そしたらみんながもちろん、自分の日焼けを自慢したくなります。
もっと自慢できるように、できるだけたくさん日焼けをします。
もちろん、自慢話だけをするためにみんな日に焼けようとしているわけではありません。
イタリア人は、日差しが当たるところで横になって寝ると、本当に気持ちがいいです。日差しが当たるところを半分裸で歩くと、本当に健康的なことをしているような気分になります。
 
4. 日本人からの日焼けの見方
 
日本では、若者の中では日焼けが格好いいと思っている人もいるかもしれませんが、一般的な考え方としては、日焼けはあまり好ましいことと思われていません。
日本では日焼けについて、肌に悪かったり、肌に染みができたり、老けるのが早くなったり、皮膚癌になる可能性が高まったりするなど、いろいろ言われています。
健康に悪いのと皮膚癌ができるという考え方は、おそらくオゾンホールが発見された後の1980年代から広まってきた意見だと思われます。
しかし日に焼けたら染みができて、肌が老けて見えるという考え方などは、それよりもっと古いはずです。
 
4.1 白い肌への憧れ

それはもともと、日本人の「白い」肌への憧れに基づいているでしょう。
日本の女性の理想である「大和撫子」は、肌が白いです。
その白さは純粋でないといけないので、黒っぽい染みはもちろん認められていません。
日本ではよく、秋田県の話をすると、「秋田美人」の話をされます。
日本では、肌が白くて、北の国から来ているように見えている人は、美しさの理想を表しているのです。

5. イタリア人が憧れている肌の色
 
イタリアでも、違う意味での「白い肌」としての憧れがあります。
例えば、女性といえば、多くのイタリア人男性の中では北欧系の金髪女性が魅力的と思っている人が多いです。
それは、日本人の「秋田美人」への憧れと少し似ています。
ただし、主な違いとして、「もともと白い肌であるのが重要です。もともと白かった肌は、焼けてもかまいません」というところにあります。
イタリアでは、日に焼けた人が憧れられていますが、もともと肌が黒かった人が憧れられているわけではありません。
 
5.1 日に焼けた肌への憧れは、権力者の憧れに基づいています

この考え方はやはり、植民地時代から始まった理想を表しているのでしょう。
「もともと肌の白いの北欧の人は、世界を回って植民地を作る」という考え方から、もともと白かったけど日に焼けているから黒っぽい肌は、正に権力の象徴です。
人々が持っている美しさの概念は、権力者のありかたを表しています。
先進国の中でも先進国である北欧の人達は、もともと肌が白くて、豊で冒険的でいつでも休みをとって旅行ができるから日に焼けているとイメージされています。
ヨーロッパでは、日に焼けた肌はこの理想を表しています。
 
5.2 ヨーロッパと日本の権力者に対するイメージの違い

日本と違って、休みがいつでもとるのも権力者の権利に含まれています。
日本でもヨーロッパと同じく美しさは権力者のありかたを表しているでしょう。
ただし、日本とヨーロッパでは、権力者のイメージは少し違うようです。
ヨーロッパでは、権力者なら好きなように休みがとれて地中海か熱帯国にでも旅行ができるような人です。
日本では逆におそらく、権力者は休みを取らないでたくさん働いている人とイメージされています。
 
6. 結論

日焼けに対する考え方はきっと、国によって違う権力者のイメージに影響されているでしょう。
権力者と言わなくても、日本では「強い」と思われる男は、休憩もしないでずっと働いている人だと思われています。ですからその男は、日焼けなんかする暇はありません。
ヨーロッパでは、「いい」男は働いた後にちゃんと休みを取って、好きなように楽しんで、海沿いなどで時間を過ごしながら日に焼けます。
日焼けに対する考え方は、仕事に関する考え方と全体的な生活の理想に関する考え方と密接に繋がっているに違いありません。
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